最期まで生への強い意志持ち
常に「死」を前提とした対話だった。池田貴族さんと知り合って、7カ月になる。「生」の意義、「死」の意味を問う私に、池田さんはいつも明確に答えをくれた。前触れなく講演会の控室に乗り込んでも、電子メールで無理な注文をしても、嫌な顔ひとつせず、直球勝負で応えてくれた。正直言えば、その死生観に反発したこともある。だが、池田さんの「生」への思いは熱かった。重たかった。彼が遺した「生と死」を巡る言葉は、同時代への警句だと思っている。
最初から、私事を記すことを許して欲しい。
今、33歳になる。池田さんと3つしか変わらない。結婚をし、来春、初めての子供が生まれようとしている。もうすぐ「中年」と呼ばれる年代だ。なのに、いつか自分も死ぬ、という事実を受け入れることが出来ていない。どこかで「死ぬのは嫌だ」と、今更ながら考えている。そんな私が、池田さんの担当になった。
私は記者ではなく、一人の人間として聞いてみたいと思った。死とは、運命とは、生きるとは。彼は懸命に言葉を紡いで答えてくれた。
「どうして、そんなに目標を持って前向きに生きられるのか」と聞く私に、彼は「あなたは何を目標に生きてるの」と問い掛けた。「そんなに、みんなが目標を持って生きてはいませんよ」と答えてみたが、私は戸惑った。彼はそれ以上、問い詰めようとしなかったが、こう言いたかったのかもしれない。
人生に目標も持たず、ふらふら生きる時間も、余裕も全くない、と。
死への恐怖感を問うと、池田さんは「怖いよ。だから生きている間にやりたいことをやらなくては」と言った。「そんな簡単にいけば人生楽だけど、そうはいかないから、みんな悩むんじゃないかな」と私。「でも、それ以外の生き方があるかなあ」と池田さん。壮絶な闘病生活を送る彼に、私の質問は甘ったれの感傷でしかなかった。
むしろ、がんにむしばまれた池田さんの方が、生き生きと過ごしているように感じたことが何度もある。彼は言った。「死が間近にならないと生の実感が得られないのかもしれないね、今の時代は」。雑誌のインタビューでは、こうも言っていた。「がんになり、やりたいことをやっている僕は不幸じゃない」と。
今、思う。池田さんは、もっと生きたかったには違いないが、36年の生涯を完全燃焼した、と思っているのではないか。オレはオレだけの人生を生きた、と。本当に真っ直ぐな人生を、真っ直ぐに。
「で、あんたはどう生きるの?」 虚飾を排し、感傷を嫌い、本音を尊んだ池田さんの問い掛けが突き立てられているように思える。
私に。そして、 あなたに。
本紙東海面で今年5月から掲載した、池田貴族さんの手記「僕が僕であるうちに」は終了します。長い間のご愛読ありがとうございました。担当者一同、改めて池田さんのごめい福を祈ります。
[月足 寛樹]