03/01/23
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長老のメスに風格
 
深いしわ「いい顔だなぁ」
ゆったりとした動作が独自の風格をかもし出すカイ
ゆったりとした動作が独自の風格をかもし出すカイ

子供たちが米をキネでついて脱穀していた
調査を終えて村へ戻ると子供たちが米をキネでついて脱穀していた。子供たちは皆働き者だ

調査中に見つけたゼンというショウガ科の花
調査中に見つけたゼンというショウガ科の花

 
カイばば

2日目は約2時間半、3.6キロほど山の中を歩いてやっと、1頭のチンパンジーに出会った。木漏れ日の当たる倒木の幹の真ん中に、両足をそろえてちょこんと座っている。しわの深い顔に、どことなく風格がただよう。長老メス「カイ」だ。日本人研究者は、親しみを込め「カイばば」と呼ぶ。カメラを構えた平田記者が「いい顔だなあ」とため息をついた。

カイは、私たちから視線を外さないまま、左右の腕を交互に伸ばしてゆっくりわきの下をかき、悠然と近くの草むらの方へ動いた。しかし、体が全部草むらに消えたとたん、カイは「ワーウ、ワーウ」と激しく鳴いて、仲間を呼び始めた。

悠然とした動きは、見慣れない私たちに出会った驚き、恐怖心を、安全な場所へ移るまで隠すごまかしだったのか。チンパンジーの底知れぬ心のふちをのぞき込んだようで、背筋が寒くなった。

「人口」は一定

杉山幸丸・元京都大霊長類研究所長(67)が初めてボッソウを訪れた76年、カイは生後半年、4歳、7〜8歳(いずれも推定)の3頭の娘を抱える母親だったという。以後、出産がない。大阪市立天王寺動物園で今月4日、老衰で死んだ日本最長寿のチンパンジー(53歳)とほぼ同い年らしい。

当時は21頭(うち8歳以上10頭)のチンパンジーがいた。その後26年間、ボッソウのチンパンジー・コミュニティーの「人口」は、17〜21頭の間でほぼ一定している。現在は、昨年10月に「ジレ」の産んだ息子「ジマト」を含め19頭。うち6頭は5歳以下だ。次々と産まれるのに、なぜ「人口」は変わらないのだろう。

乳幼児期の病死、密猟の可能性もあるが、「特に、8〜11歳の“青年期”に、オス・メスを問わず、いなくなることが多い」と松沢哲郎教授(52)らは分析する。

霊長研がこれまでにボッソウで確認し、名前を付けたチンパンジー54頭(オス、メス各27頭)のうち、32頭(同各16頭)はいつの間にか姿を消した。その4割が、そろそろ大人の年ごろを迎えた8〜11歳だった。

中には、子供を抱えた若い母親がいなくなった例もある。76年当時、カイのそばにいた3頭の娘も、既にいない。松沢教授は語る。「むしろ、76年に既に大人だったメス(7頭)すべてが、誰も欠けずにいる方が不思議」。ボッソウの大人メスは今、この7頭だけ。大人オスも、76年から大人だった「テュア」と、現在コミュニティーを統率する「フォアフ」だけだ。他はどこへ消えたのか――。

親子のきずな

11歳のオス「ヨロ」は、私の取材している間、いつも母親「ヨ」の目の届く所にいた。大人になると真っ黒になる顔は、まだ白さを残している。

「もう、仲間の大人オスと行動を共にするころなのだけれど」と、ボッソウで研究を続ける同大大学院生の大橋岳さん(26)は、子離れしきれないヨの様子に気が気でない表情だ。「一度など、ヨロが大人とけんかした時、ヨがすごい剣幕で割って入ったほど」

好物のフルーツを食べるのに夢中のヨ。ふと目を上げ、息子がいないと、すぐ「ホ、ホ」と寂しそうに鳴き始めた。これまでに産んだ5頭の子供は、8歳までに姿を消した。うち2頭は1歳だった。たぶん死んだのだろう。ヨが鳴くたび、ヨロは寝ている体を起こすなどして、母親に姿を見せていた。

数日後、山すそのパパイヤ畑に忍び込んだヨロを目撃した。ヨロは、10メートルほど後ろの山際で心配そうに見ていたヨを振り返ると、「アッ、アッ」と声を出した。呼んだのだろうか。近寄ったヨに、食べ始めたばかりの熟した実を手渡した。その後、木に登り直し、もう一度自分の分を採った。

「こうやってプレゼントをするチンパンジーはとても珍しい」と地元ガイドのマルセルさん(30)。母親に実を与えた後、ヨロは得意げにひじを張って自分の分を食べている。けれど、ここはヒトの畑。親子のきずなを確認するには危険な場所だ。「この“優しさ”が将来ヨロにとって『あだ』になることはないだろうか」と心配になった。
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つづく

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