03/01/16
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「観察」が始まった
 
無線がやむと、ガイドが.....
わずかな手がかりを探す
チンパンジーのいる場所へ、わずかな手がかりを探す

森の中を自由自在に駆け回るヨロ
驚くべき速さで森の中を自由自在に駆け回るヨロ

スコールがやみ、バンの森に稲妻がはしる
スコールがやみ、バンの森に稲妻がはしる
 
「あそこだ」

朝6時。外はまだ薄暗い。気温24度。霧の向こうに浮かぶヤシなどの大木が、熱帯雨林に来たことをあらためて思い出させる。あの森で、野生のチンパンジーに会えるのだ。

ギニア・ボッソウの村外れにある京都大霊長類研究所の野外観察拠点。私たちは研究者用の1室を提供された。とはいえ、寝るのは持参した寝袋。マラリアを媒介する蚊が怖いので、室内を蚊取り線香の煙で充満させ、蚊帳の中で一夜を過ごした。

戸外の空気に生き返る思いだ。村からの道を森林ガイドの村人たちが歩いて来た。 「遅くなるとチンパンジーがネスト(巣)から遠くへ行ってしまう」。ボッソウで野外観察を続ける同大大学院生、大橋岳さん(26)にせかされた。チンパンジーは、太い枝の上に葉のついた枝を何本も折り重ねた、ふかふかのネストで眠る。もう起きているころだという。私たちは細い道を一列になって、まだ静かな家々の間を抜ける。村のすぐ南にあるバン山の森へ入った。

高さ約200メートルのバン山は人口約3000人のボッソウ村のシンボルだ。高さ30〜40メートルの広葉樹が生い茂る山際まで、土レンガにカヤ葺(ぶ)きの家が建ち並ぶ。村人の生活を支える里山には、人の踏み固めた細い道が縦横に走っていた。

やがて、獣道に分け入った。上りも急になる。腰から上をつる草が覆う。足元は朽ちた落ち葉でドロドロ。体を支えるため、手をつこうとした木の幹は、剣山のようにトゲだらけだ。暑さと湿気で息が上がる。だが、ガイドたちは平気な顔で別働隊と無線交信しながら、チンパンジーの居場所を確認している。

無線がやんだころ、ガイドのフェリックス君(23)が言った。「ほら、あそこだ」

恐怖を覚えた

高さ約40メートルの木の中ほどで、チンパンジーが枝に軽く腰かけ、片足で安定を取りながら木の実を食べていた。私たちには見向きもしない。「ヨロ」 と名付けられた若いオスだ。同じ木の上の方には、母親の「ヨ」が、陽光に黒い毛を輝かせつつまどろんでいた。上空の風を受け、木の幹がゆっくりと揺れている。

まだ、村を出て15分ほど。木立の向こうには畑があるのだろう。調理油を取るため、アブラヤシをキネで突く音が響いてくる。男の子たちのはしゃぐ声や赤ん坊の泣き声が聞こえる。それに歌声も交じる。人里近くにチンパンジーがいるとは聞いていたが、こんなにも近いとは。驚いた。

ガサササッ――。

約2時間後、垂れたつる草をつかんで、突然ヨが下りて来た。「ホ、ホ」という寂しげな声に応え、綱渡りして遊んでいたヨロも下りて来る。「母親が呼ぶから仕方がない」とでもいうようだ。私たちも2頭の後を追う。距離7、8メートル。ヨは先頭に立ち、振り返らず、ゆっくりと進んでいく。チンパンジーとヒトの奇妙な行進。

やおら2頭は地面に横になり、土の上で寝始めた。そうか、樹上が暑くなったんだな。眠りが深いのか、ヨロは時折、首をのけぞらせる。野生動物がヒトを警戒しないなんて。

ギニア・ボッソウ村に日本人がやって来たのは76年。杉山幸丸・元京都大霊長類研究所長(67)が世界中を歩き回った末、ここを野生チンパンジー観察の適地に選んだ。2頭の無防備な行動は、しかし、無害な研究者に慣れたというだけではない。村人もまた、自分たちに危害を加えないことを知っているのだ。

むっくり起き上がったヨロは、そのまま歩み去るそぶりを見せたが、一転、こちらへ向かってきた。金網越しの動物に慣れた私は、ヨロが1メートルほどまで近づくと、にわかに恐怖を覚えた。「速いっ」。平田記者はあわてて一眼レフのレンズを交換しつつ悲鳴を上げた。そんな私たちをしり目にヨロは悠々と去った。後ろ姿の肩の線がおどけて見える。私たちの反応を楽しんだに違いない。

天然シャワー

初日は完敗だ。疲れて施設に帰り着くと、たたきつけるような大粒の雨が降り出した。スコールだ。服を脱いで表へ飛び出す。緑の園で浴びる天然のシャワーに、腹の底から喜びがわき上がる。

あらゆるものを流し去り、朽ちさせ、大森林へと還す力強い雨だ。3月から10月まで続く雨季が終わり、乾期に変わる時期だったが、その後も夕前になると何度か、30分ほどのスコールに見舞われた。

滞在中のある夜、しし座流星群に遭遇した。午前4時の気温は21度。やや肌寒い。私は前年、原発立地を住民投票が退けた夜、三重県海山町の海辺でこの流星群を見た。電気が通じていないボッソウの星空、同じように暗かった海山の夜空とが二重写しになる。感慨にふけるうち、イスラム教の祈りの時を告げる日の出前のアザーンの声が村の方から聞こえてきた。
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つづく

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